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広島地方裁判所 昭和29年(行)12号 判決

原告 多幾山寛

被告 広島県人事委員会

主文

被告が昭和二十九年七月十三日原告の不利益処分に関する審査請求を却下した決定はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は主文同旨の判決を求め、その請求原因として原告は広島県吏員で広島県立産業労働科学研究所々長の職にあつたところ、広島県条例により昭和二十九年三月三十一日右研究所が廃止されるに伴い、同年三月三十日附を以つて退職し、同日退職手当額金二十六万五千五百円の支給決定を受けたが、右研究所の廃所が決定したのち、任命権者広島県知事より退職方勧奨を受けたので、原告は同年三月中旬これに応ずるに際し、原告の退職を整理退職として扱い、その退職手当は適法の最有利な取扱いをなす旨口頭を以つて右知事に要求したのに対し直ちにこれを承認したので、原告はいわゆる依願退職のかたちで退職したのであるが、退職手当は職員の退職手当に関する条例(昭和二十九年広島県条例第二号、以下単に退職手当条例という)中最有利な整理退職の場合の算定方法を定める同条例第五条により算定されたものが支給されるものと思つていたところ、右退職手当の支給決定は、右第五条よりも不利少額な特別退職の場合にあたる同条例第四条により算定されたものであつて、最有利な取扱いでなく前記知事の承認に反し、原告に対し不利益な処分に該当するから、原告は昭和二十九年五月七日広島県知事より理由説明書の交付を受け、同年五月二十二日被告に対し審査請求書を提出したところ、被告より右説明書の不備を指摘され再び右知事より同年六月三日理由説明書の交付をうけ、これに対する弁駁書と共に追完したが、同請求は同月十八日却下され、右弁駁書の内容を審査請求書に記載し改めて請求するよう同日被告より指示されたのでこれに従い同年六月二十六日被告に対し右六月三日附の理由説明書を添付した審査請求書を提出し審査の請求をしたところ、被告は同年七月十三日委員長専決を以つて退職手当条例第五条による退職手当は法律又は条例による組織、定数の改廃又は予算の減少により廃職、過員を生じることにより退職したもので、知事が定めるものに適用されるのであり、如何なる場合に知事がその適用するものを定めるかは政策上の問題であり、裁量に属する事項であるから、知事が右第五条を適用すべきものと定めることなく同条例第四条により退職手当を支給したことが直ちに地方公務員法第四十九条の不利益な処分に該当するということはできないから審査の対象とならないとの理由で却下の決定をした。

しかしながら、被告委員長が専決処分としてなしうる事項は審査請求書の不備、請求者の資格等その形式的要件についての審査に限られるのであつて、審査を求める任命権者の処分である前記知事の原告に対する退職手当支給決定が不利益な処分であるか否かについては委員長の専決事項ではなく、被告が審理の方式に従い審理をとげ判断すべきものである而も原告は前記昭和二十九年五月二十二日提出した審査請求書に公開の口頭審理を要求していたのであつてこれを補正した同年六月二十六日提出の審査請求書には公開の口頭審理の要求を書きおとしはしたが、右六月二十六日提出の審査請求書は右五月二十二日のそれを補充整備したもので不可分の関係にあるから尚公開の口頭審理の要求は依然として存続しているものであり従つて審理の方式は公開の口頭審理の手続によりなさるべきものである従つて委員長の専決によりなされた右昭和二十九年七月十三日附却下決定は違法であり取消さるべきである。しかして原告は右違法な却下決定により不利益処分の救済を求める途が閉ざされたからその取消を求めるため本訴に及んだと述べ、被告主張の事実を否認した。(立証省略)

被告訴訟代理人は原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、本案前の抗弁として、原告は本件却下決定処分の取消変更をうけたとしても、これにより何等直接に権利の回復、救済はうけないのであつて、訴の利益を欠くから原告の本訴請求は不適法として却下さるべきものである。と述べ、

本案につき原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として、原告が広島県吏員で広島県立産業労働科学研究所々長の職にあつたが、広島県条例により右研究所が廃所となつたため、原告主張の日に原告がいわゆる依願退職し、同日原告主張の如く退職手当の支給決定があつたこと、原告主張の如く原告の右退職手当支給決定が退職手当条例第四条により支給されたこと、原告がこれを不服としてその主張の如く昭和二十九年五月二十二日適法に被告に対し公開の口頭審理による審査の請求をし、原告主張の日に却下され、原告主張の如き事由により更に同年六月二十六日審査の請求(公開の口頭審理を要求していない)をしたこと、被告が委員長の専決により原告主張の日に原告主張の如き理由で右審査請求を却下する決定をなしたこと及び被告は右決定をなすに際し、公開の口頭審理をしなかつたことは認め、その余の原告主張事実は争い

一、地方公務員法第四十九条以下に規定する不利益処分に関する審査の請求は地方公務員に対して与えられた権利であるから右審査請求をなし得る者は地方公務員としての身分を現に有するか又はその身分を奪はれる処分を受けその処分の当否を争う場合に限られ、右の身分を失つたのちは右審査請求権も失うものとなるべきであるところ、原告は既に退職している者であつてその退職処分自体を争うものではなく、唯退職により支給された退職手当金の額のみを争いその救済を求めているにすぎないのであるから被告に対しては最早審査の請求をなすことはできない。従つて審査の請求を却下した決定は正当であり何等違法の点はない。

二、仮に原告の審査請求につき実体的審査をなすべきものとしても昭和二十九年七月十三日附却下決定は実体的審査をもなした上なされたもので何等違法の点はない、即ち退職手当条例第五条に定める整理退職とは知事が県の政策として行う計画的な通常大規模な人員整理で準則を定めてなすもので、特定の職員に対し個別的に同条を適用する旨定めるものではなく、またその準則を定めるには当該時の社会情勢及び広島県の財政状態、予算関係等を考慮し決定するものであつて知事の全く自由な裁量に属し覊束的なものではないから同条の退職手当を支給しなかつたとしても不利益な処分ということはできない。しかして原告の退職に対し知事は右第五条を適用する旨定めていないのであるから不利益処分が存しないこと極めて明白である。

よつて被告は右の理由によつて不利益処分に関する審査に関する規則(昭和二十六年広島県人事委員会規則第九号)第六条、広島県人事委員会委員長専決事項に関する訓令(昭和二十六年同委員会訓令第二号)により、昭和二十九年七月十三日原告の同年六月二十六日附審査請求を却下したのである。而して原告の右審査請求については原告より公開の口頭審理の要求はなかつたのであるから本件の審理につき公開口頭審理の方式によらなかつたのは当然である。従つて右却下決定には何等違法の点はない。

三、かりに右却下決定が違法であり取消さるべきものであるとしても原告の審査請求は到底認容すべきものでないから本件却下決定を取消すことは公共の福祉に適合しない従つて行政事件訴訟特例法第十一条により被告の本訴請求は棄却さるべきものである。と述べた。(立証省略)

理由

被告は本案前の抗弁として、原告は本件却下決定処分の取消変更によつて何等直接に権利の救済はうけないから訴の利益を欠くと主張するから按ずるに、任命権者の処分が不利益な処分であるか否かの審理は後に認定する如く委員長の専決によりなし得べきものでなく地方公務員法第八条、第十一条及び右規則第八条、第九条、第十二条等により被告委員全員出席の下に公開の口頭審理証拠の提出理由を記載した判定書の作成等慎重な審理手続によりなさるべきものであるから原告は本件却下決定の取消により任命権者広島県知事の処分に関する被告の実体的審理による救済を求め得られる利益を有するのであつて本件却下決定の取消を求めることは何等訴の利益がないとはいえないから被告の右主張は理由がない。

よつて本案につき判断するに、原告が広島県吏員で広島県立産業労働科学研究所々長の職にあつたが、広島県条例により、右研究所が廃所となるため昭和二十九年三月三十日いわゆる依願退職し、同日任命権者広島県知事より退職手当金二十六万五千五百円の支給決定をうけたが、同決定は退職手当条例第四条により支給されたため原告がこれを不利益な処分とし同年五月七日右知事より理由説明書の交付をうけ同月二十二日被告に審査の請求書(この請求書には公開口頭審理の要求が記載されてある)を提出したところ、右説明書の不備を指摘され再び右知事より同年六月三日理由説明書の交付をうけ追完したが同月十八日却下され、被告の指示により同年六月二十六日右六月三日附理由説明書を添付し審査請求書(この請求書には公開口頭審理の要求は記載されていない)を被告に提出し審査の請求をしたところ、被告は委員長の専決により原告主張の如き理由で同年七月十三日右審査請求を却下する決定をなしたことは当事者間に争いはない。

被告は原告は既に地方公務員たる広島県吏員の身分を失つているから被告に対し審査請求を求め得ない従つてこれを却下した昭和二十九年七月十三日附却下決定は正当であると主張するので、この点につき按ずるに、地方公務員法第四十九条は地方公務員の分限、厚生福祉及び利益等を保護し救済するため設けられたものであるから、その厚生福祉として定められている地方公務員の退職と共に支給される退職手当の支給処分に対し任命権者より不利益な処分を受けたときは地方公務員として不利益な処分を受けたものに該当するから、人事委員会(又は公平委員会)に審査を請求する当時地方公務員たる身分を有すると否とにかゝわらず委員会にその救済を求めるため審査の請求をなし得るものと解するを相当とするを以つて、原告は右知事の退職手当支給処分に対し被告にその審査請求をなしうるものというべきであるから被告の本主張は採用できない。従つて原告のなした昭和二十九年六月二十六日附審理請求について実体的審理がなさるべきものであるところ原告は右審査は地方公務員法第十一条第五十条不利益処分に関する審査に関する規則等により全委員出席の下に公開口頭審理によりなさるべきものであると主張し、被告は広島県知事が退職手当条例第五条により退職手当を支給すべきものと定めるのは全くその自由な裁量に属し原告に右第五条による退職手当を支給することを定めなかつたとしても何等不利益な処分は存しないこと極めて明白であるから、前記不利益処分に関する審査に関する規則第六条、広島県人事委員会委員長専決事項に関する訓令により委員長の専決をもつて原告の審査請求を却下し得るものであると主張するから按ずるに、被告が右規則第六条により却下決定をなし得る場合は提出された審理請求書に不備がありこれの補正をなさないときか、任命権者の処分の内容が何等請求者の利害に関係ないか又は申請書の記載自体から不利益な処分といいうるものを何等包含していないことが明らかであるとき又は請求者が審査請求をなしうる資格を有する者でないときか或は審査請求の適法な期間を徒過している場合等形式的要件につき調査のうえなしうるのであつて、申請者が不利益な処分をうけたとなしその救済を求めている任命権者の処分が不利益な処分にあたるか否かはその処分の内容につき実体的な審理をなしたのちでなければ判定することはできないのであつてその判定をなすためには地方公務員法第十一条第五十条及び右規則に従い被告はその委員全員が出席して議事し審理しなければならないのであつて右規則第六条及び訓令により委員長専決を以つて却下決定をすることはできないものである。けだし任命権者の処分が不利益処分であるか否かを判定する権限を委員長専決でなしうるものとすれば、人事委員会を合議体としその会議を開くには委員全員の出席を要する等慎重な審議を要求し、地方公務員の分限、福祉及び利益等の保護、救済を全からしめようとする法の精神に反するものといわねばならない。しかして原告は広島県知事の退職手当に関する処分が不利益な処分であると主張し被告の審査を請求しているのであるから被告は委員全員出席のうえ議事を審議する手続をとるべきであり、本件審査請求を委員長専決を以つて却下決定したことは違法であるというべきである尤も右審議の手続について原告は六月二十六日提出の請求書は右五月二十二日提出の請求書を補充整備したもので不可分のものであるから公開の口頭審理の要求は依然存続している従つて審議の手続は公開口頭審理の方式によりなさるべきであると主張するが右五月二十二日提出の請求書による審査請求は却下され、その後新に六月二十六日審査請求をしているのであるから、たとい同審査請求書が右五月二十二日提出の請求書を補充整備したものであるとしても新たな請求であり、右五月二十二日提出の請求書の追完若しくは補正ではないから公開の口頭審理の要求はなされなかつたとなすべきである。従つて右審議の手続については原告において公開口頭審理の方式を要求することはその理由がないといはねばならない、従つて昭和二十九年七月十三日委員長の専決を以てなした却下決定は取消を免れないものといわねばならない。被告は仮りに本件却下決定が違法であり取消さるべきものであるとしても、行政事件訴訟特例法第十一条によつて原告の本訴請求は棄却さるべきものであると主張するが、同条は一切の事情を考慮して処分を取消し又は変更することが公共の福祉に適合しないと認められるとき始めて適用すべきものであつて、本件却下決定はこれを取消すことが公共の福祉に適合しないとは到底認め得ないから被告のこの主張は採用の限りでない。

よつて原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 大賀遼作 柚木淳 大前邦道)

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